検閲で話題の『マウス(MAUS)』

アメリカ

1週間前にこのニュースを見ました。

Tennessee school board votes unanimously to ban book about the Holocaust
In a 10-0 vote, the McMinn County School Board removed the Pulitzer Prize-winning graphic novel “Maus” from an eighth-grade language arts curriculum.
記事のタイトルは「テネシー州のある教育委員会がホロコーストに関する本を満場一致で禁止」です。サブタイトルは「10対0の票で、マクミンの教育委員会は中学2年生の国語の教育課程からピュリッツァー賞を受賞したグラフィック・ノベル『マウス』を撤去した。」です。eighth-gradeは8年生なので、日本での中学2年生相当になります。language artsは直訳すると「言語技術」となり、アメリカでの国語の授業になります。
久しぶりにこの本を目にしました。
日本語版もあります。
いわゆるグラフィック・ノベルというものでマンガの形態(コマ割りはマンガほど複雑ではない)をとった小説です。この『マウス』ではユダヤ人をマウス、ナチを猫などにして父親のホロコーストの過酷な体験を描いている作品です。
記事を読むと委員会の一人による理由が説明されていました。
“Considering copyright, we decided to redact it to get rid of the eight curse words and the picture of the woman that was objected to.”
curse wordsとは「汚い言葉」「卑猥な言葉」という意味です。
「著作権を考慮して、異議の唱えられた8つの卑猥な言葉と女性の絵を目に触れなくするため『マウス』の撤去を決定した。」
ずいぶん前に読んだので詳しくは覚えていないのですが、そんなに気になるような表現は記憶にありません。グラフィック・ノベルという形式を用いることで、ホロコーストという重いテーマの敷居を下げて中学生にも触れやすい内容だったと思います。
アメリカ本国でもそう考えている人が多いのでしょう。

Teachers, experts respond to ‘Maus’ banning

While the school board voted to ban “Maus” on Jan. 10, the decision didn’t gain public attention until Nikki McCann Ramirez, a senior researcher at Media Matters For America, a nonprofit media watchdog group, tweeted about the vote on Wednesday.

The backlash was immediate and swift.

当初は話題になりませんでしたが、Nikki McCann Ramirezという人がツイート後、注目を浴びました。反発(backlash)は速かったようです。記事では反対の声を紹介しています。
また本を検閲する最近の風潮を危惧する意見も述べられています。
The American Library Associationtold NBC News in a written statementthat 273 books were affected by censorship attempts in 2020, according to the association’s Office for Intellectual Freedom. Many of the books’ content centers on issues of race, gender and sexuality.
censorshipが「検閲」です。人種、性、性的関心・性行為をテーマにした本273冊が検閲の影響を受けたそうです。日本での『はだしのゲン』問題を思い出します(わからない人は「はだしのゲン 図書館」でググってください)。私は本を読んで内容を咀嚼して思考して自分の意見を持つことが大事だと思いますので検閲には反対です。もちろん事実を述べていない、差別を助長するような本は例外です。(そもそもそのような本は出版されるべきではないと考えます。)
「マウス」に戻りますが、禁止された地区の家庭に100冊寄付するという人も現れています。
“I’ll donate up to 100 copies of ‘The Complete Maus’ to any family in the McMinn County area in Tennessee,” Ryan Higgins, owner of Comics Conspiracy and co-host of The Geekbox and The Comic Conspiracy podcasts, tweeted.
また「マウス」の売上が伸びるだろうと予想する人もいます。
“I predict Pantheon’s sales of ‘Maus’ will go up 100% or more,” Kreizman adds.
Pantheonは「マウス」の出版社です。
そして実際Amazonのベストセラーになりました。
     – The Wall Street Journal
     – HUFFPOST
     – abc NEWS
色々なサイトがニュースにしています。100%の売上げアップどころか何十倍にも、ひょっとすると何百倍にもなっています。今日2月5日時点でAmazon.comの今週(1/30~)のベストセラーリストによると、The Complete Maus(Maus IとIIの合作)が3位、Maus Iが4位、Maus IIが19位となっています。
これらの様子を見るとマクミンの教育委員会にしてみたら皮肉な結果となっています。教育委員会が禁止する一方で全国的にベストセラーになるなんてどんな作品なのだろうと生徒たちも自分で手に取り読むことでしょう(希望的観測)。普段本に見向きもしない子どもも関心を持ってくれたらと思います。
アメリカで話題の『マウス』、興味のある人は一読することをお勧めします。一部の図書館にも置いてあります。

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